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仙台高等裁判所 昭和45年(う)164号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、青森地方検察庁検察官検事簗瀬照久名義の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、弁護人黒滝正道、同二葉宏夫、同佐藤義弥、同斎藤忠昭共同名義の答弁書記載のとおりであるから、いずれもこれを引用する。

控訴趣意第一、事実誤認の主張について。

所論は要するに、原判決は、本件公訴にかかる事実すなわち、農林技官である被告人が、日本共産党を支持する目的をもって、同党の機関紙である新聞「赤旗」号外を配布した所為ならびに、衆議院議員選挙に際し、立候補した同党所属候補者を支持する目的をもって、選挙用ポスターを掲示した所為をすべて認め、被告人の右所為は国家公務員法(以下国公法と称する。)一〇二条一項により禁止されている人事院規則一四―七の五項一号、三号、六項七号、一三号所定の政治的行為にあたり、同法一一〇条一項一九号の罰条に該当するとしながら、被告人は、非管理職の現業公務員であり、その職務内容がなんら裁量権を伴わない機械的労務の提供に止まるものであり、本件行為が勤務時間外に、国の施設を利用することなく、かつ職務を利用しもしくはその公正を害する意図なくして行なわれたものであるから、かかる所為に適用される限度において、国家公務員法一一〇条一項一九号は憲法二一条、三一条に違反するとして被告人に対し無罪の言渡をした。しかし、林野庁およびその地方支分部局としての営林署は、いわゆる現業官庁であるとはいうものの、民間企業とは全く異なり、国民生活全体の利益にかかわる高度の公共性を保持しており、また公共目的を達成するため、営林局署職員にはいわゆる森林犯罪について警察権を保有する面もあるなど、全体として公権的な権力関係としての面を有しているのであって、原判決の認定したような、民間企業と大差のない非権力的性格を有するものではない。また、被告人の担当していた給与関係事務のうち、ことに諸手当の計算に当っては、手当支給の要件の存否の審査、認定の作業があり、また所得税、住民税等の控除額の決定等に関しては、関係法令に基づく慎重な判断と処理が要求されているのであり、適正な判断力を必要とする知的作業であり、原判決の認定するような単なる機械的労務の提供に過ぎないものではない。さらにまた、被告人も営林署職員として、臨時的に上司の命により本来の分担業務のほかに、災害の際の応援出動や捜査補助等の事務を特命されることがあり、このいわゆる特命事項の執行が公権力の行使であることは論を待たないところであるのに、原判決は、これらの事務は国有林の管理運営上営林署職員に一般的に課せられているものであるとか労務係一般の所掌事務に含まれていないものであるとかの理由のもとに、特命事項としても被告人の職務に属するものではない旨認定した。結局原判決には以上の点において判決に影響を及ぼす事実誤認がある旨主張する。

よって審案するに、被告人は、本件当時、農林技官で青森営林局管内むつ営林署の庶務課労務係として勤務していた一般職の国家公務員であることは、原判決の認定するとおりであるが、右営林署、営林局の上部機関である林野庁は、農林省設置法五八条によれば、国有林野および公有林野等官行造林地の管理および経営、民有林野に関する指導監督、林産物の生産、流通および消費の調整その他林業の発達改善に関する事務を行なうことを主たる任務とすること、≪証拠省略≫によれば、林野庁所管の国有林野の面積はわが国の林野面積の約三一パーセントに当り、一ヘクタール当りの平均蓄積も民有林に比較して著しく高く、わが国の森林全体の中で国有林野の占める比重は甚だ大であることが認められること、農林省設置法五八条、五九条、≪証拠省略≫によれば、国有林野事業の主なものは、管理事業(国有林野の保護、管理、貸付、使用等)、木材の製産および販売事業、造林事業、公有林野官行造林事業、治山治水事業、保安林の保護、管理等であること、また、林業基本法四条によれば、国有林野の管理および経営の事業について、国は、国有林野を重要な林産物の持続的供給源としてその需給および価格の安定に貢献させるとともに、奥地未開発林野の開発等を促進して林業総生産の増大に寄与するほか、国有林野の所在する地域における林業構造の改善に資するため積極的にその活用を図るようにするものとし、国土の保全その他公益的機能を有する国有林野については、その機能が確保されるように努めるものとし、その所在する地域における農業構造の改善のためその他産業の振興または住民の福祉の向上のため用いることを必要かつ相当とする国有林野については、これらの目的のため積極的に活用が図られるよう努めるものとされていること、農林省設置法七〇条、≪証拠省略≫によれば、林野庁の地方支分部局の一つである、被告人の当時勤務していたむつ営林署もまた、林野庁の所掌する前示使命に従って事業の運営をなしていたこと等は、所論指摘のとおりである。したがって林野庁およびその地方支分部局の業務が公共性を有することは否定できない。しかし、原判決も説示するとおり、元来林野庁は、基本的には国が企業として経営する国有林野事業を実施するいわゆる現業官庁と解されるのであり、その地方支分部局の一つである営林署もまた現業官庁としての基本的性格を有する。したがって、所論のように、民有林野に対する指導監督の任務をも保有し、また、司法警察職員等指定応急措置法、大正一二年勅令五二八号「司法警察官吏および司法警察官吏の職務を行うべき者の指定等に関する件」により、特に指命された営林局署勤務の農林事務官および農林技官が国有林野や公有林野官行造林に関する犯罪について、司法警察職員としての職務を行なうとはいえ、その本来の企業形態に着目するならば、公共性は有するものの、なお、民間企業と大差のない非権力的性格を有するものとみて差し支えはない。ことにこれら職員の労働関係については、公共企業体等労働関係法により、公共企業体であるいわゆる三公社とならび五現業の一つとして、一般の国家公務員と異なった調整を受けているところであって、国の政治に密接な関係を有する他の一般の行政官庁とはおのずから異なった性格特徴を有するのである。したがって、原判決が、林野庁およびその地方支分部局である営林署の性格について、公共性を有するものの、民間企業と大差のない非権力的なものと認定したのは正当としてこれを是認することができる。

次に、被告人の職務内容につき検討するに、≪証拠省略≫を総合すれば、被告人は、本件当時農林技官としてむつ営林署庶務課労務係をしていた非管理職たる一般職の国家公務員であること、営林署庶務課(原判決中、庶務係とあるのは誤記と認める。)の所掌事務は、農林省組織規程五一条に規定されているほか、当時むつ営林署長は、右規程(現行二九七条)に基づき、同署の事務分掌および組織に関する細目を定め、庶務課に庶務係、厚生係および労務係の三係をおいたこと、被告人の分担する労務係の事務としては、職員の結成する労働組合との団体交渉およびそれらの団体に関すること、作業員の雇用および服務に関すること、職員の苦情処理に関すること、職員の給与に関すること、その他労働条件に関することが規定されていたが、被告人が現実に分担していた事務は、そのうち職員(臨時雇傭者を除く。)の給与に関することであって、しかも右給与事務については、労務係長、庶務課長等上司の指揮監督のもとに月給制職員の給与計算、給与支給書類の作成、職員の扶養家族手当その他諸手当認定の申請資料の調査などを行なうものであり、しかもこれらの調査をなすに当っては「労働協約提要」とか「扶養親族認定参考資料」とかの執務参考資料があるのであって、これらの事務内容は、俸給表、法令等によって規制され、計算や法令調査等の知的判断作業を伴うものの、被告人にはもとより裁量権、決裁権はなく、すべて上司の決裁(諸手当の認可についても最終的には営林署長の権限とされている。)を得なければならないのであって、それ自体全く裁量権のない機械的労務にとどまり、もとより公権力の行使に該当する職務とはいい得ないものというべきである。したがって原判決がこれと同旨の認定をしたのは正当として是認することができる。ところで≪証拠省略≫によれば、被告人は労務係内容の事務分担として右給与事務のほか上司の特命事項をも担当すべきこととされていたし、その例として山火事などの非常災害の場合の応援出動や司法警察員の捜査の補助として火災発生地点の測量の補助などを挙げるのであるが、被告人にいわゆる特命事項として現実に所掌させた事務はなかったというのであるし、またこれらが被告人の分担とされていたからといって、被告人が裁量権のない機械的労務に従事する非管理職たる一般職の国家公務員であると認定するになんらの消長をも来たさないものというべきである。この点につき原判決は、右特命事項のうちの前者は国有林野等の管理運営上営林署職員に一般的に課せられているものと解され、被告人の分担事務とされていたといういわゆる特命事項といい得るか疑問であり、後者については、労務係一般の所掌事務には含まれてはいないとし、いわゆる特命事項としても被告人にこれを所掌させることとした趣旨とは解し難く、結局特命事項というのは労務係の所掌する事務で、被告人の主たる分担事務たる職員の給与に関すること以外の事務について特に上司から命ぜられた事項をいうものと解すべき旨説示して前記当裁判所の判断と異なるものがあるがその結論において差異はないのでいまだ判決に影響を及ぼすものとはなし得ない。以上のとおりであって、さらに記録を精査し、当審における事実取調の結果に徴するも、原判決には所論のように判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認のかどは存しない。論旨は理由はない。

同第二、法令の解釈適用の誤りの主張について。

所論は要するに、原判決は、政治活動を行なう権利は憲法二一条の保障する市民的自由権の一つである表現の自由に属し、議会制民主主義の根本原理であるから、これを最大限に尊重すべきところ、国家公務員も市民である以上その政治活動の自由はできる限り享受し得るよう配慮されるべきであり、その制約の程度は合理的範囲に止め、特に制約違背に対する制裁は必要最少限度に止めるべきであるとし、本件被告人の機関紙配布ないし選挙用ポスター掲示の所為のごとく非管理職の現業公務員で、その職務内容がなんら裁量権を伴わず単に機械的労務の提供に止まる一般職の国家公務員が勤務時間以外に国の施設を利用することなく、かつ職務を利用し、もしくはその公正を害する意図なしにした人事院規則一四―七の六項七号および一三号所定の行為にまで刑事罰を加えることをその適用の範囲内に予定している国公法一一〇条一項一九号は、このような行為に適用される限度において、行為に対する制裁としては合理的にして必要最少限度の域を越えたものとして、憲法二一条、三一条に違反し、これを被告人に適用できないと解せざるを得ないとしたが、右は国公法一一〇条一項一九号、憲法二一条、三一条の解釈適用を誤ったものであり、右の誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである旨主張する。

よって審案するに、原判決も摘示するとおり、国公法一〇二条一項は、「職員は、政党または政治的目的のために、寄附金その他の利益を求め、もしくは受領し、またはなんらの方法をもってするとを問わず、これらの行為に関与し、あるいは選挙権の行使を除くほか、人事院規則で定める政治的行為をしてはならない。」と規定し、これを受けた人事院規則一四―七の一項本文は、「法および規則中政治的行為の禁止または制限に関する規定は、……すべての一般職に属する職員に適用する。」と規定し、その五項に政治的目的として一号ないし八号を、またその六項に政治的行為として一号ないし一七号を掲げ、すべての一般職に属する国家公務員に対し、極めて広範にわたって政治的行為を禁止または制限しているのである。ところで、国公法一〇二条が一般職に属する国家公務員につき、このように政治活動を制限することにした理由は、およそ公務員はすべて全体の奉仕者であって、一部の奉仕者でないことは憲法一五条の規定するところであり、また行政の運営は政治にかかわりなく、法規の下において民主的かつ能率的に行なわれるべきものであるところ、国公法の適用を受ける一般職に属する公務員は、国の行政の運営を担当することを職務とする公務員であるから、その職務の遂行にあたっては厳に政治的に中立の立場を堅持し、いやしくも一部の階級もしくは一派の政党または政治団体に偏することを許されないものであって、かくしてはじめて一般職に属する公務員が憲法一五条にいう全体の奉仕者であるゆえんも全うされ、また政治にかかわりなく法規のもとにおいて民主的かつ能率的に運営されるべき行政の継続性と安定性も確保されるものといわなければならないからである(最高裁大法廷昭和三三年三月一二日判決―刑集一二巻三号五〇一頁、最高裁大法廷同年四月一六日判決―刑集一二巻六号九四二頁)。また、人事院規則一四―七は、国公法一〇二条一項に基づき、一般職に属する国家公務員の職責に照らして必要と認められる政治的行為の制限を規定したものであるから、右大法廷判決の趣旨に照らし、実質的になんら違法違憲の点は認められないばかりでなく、右人事院規則には国公法の規定によって委任された範囲を逸脱した点もなんら認められず、形式的にも違法ではないものというべきこともまた最高裁の判例とするところである(最高裁一小法廷同年五月一日判決―刑集一二巻七号一二七二頁)。しかし、政治的信条の自由な表現と自由な政治活動は、自由にして民主的な社会にとって欠くべからざるものというべきであるから、この基本的な憲法上の権利に対する制限は、予想される弊害に対処するために必要な限度を越えてはならず、また禁止行為の種類とその行為によって影響を受ける職務の種類について慎重な検討を加えるべきことは累次の最高裁判決の趣旨とするところと解される(最高裁大法廷昭和四一年一〇月二六日判決―刑集二〇巻八号九〇一頁、同昭和四四年四月二日判決―刑集二三巻五号三〇五頁、同昭和四四年四月二日判決―刑集二三巻五号六八五頁)。

国公法一〇二条および同条の委任に基づく人事院規則一四―七は、一般職に属する国家公務員について、極めて詳細な政治行為の禁止規定を、また同法一一〇条一項一九号は、右禁止行為の違反について処罰規定を設けているが、公務員の担当する職務内容の差異による合理的な区別を設けておらず、かつ職務の遂行との関連の有無にも触れるところはない。しかし、政治的行動の自由という憲法上の基本的権利と国家公務員についてこれを制限することによって公共の福祉を守ることの必要性との間に調和と均衡とが保持されることを求める前記最高裁判決の趣旨に基づくならば、右国公法および人事院規則の適用について、おのずから合理的な制限が存することが理解される。

これを前記人事院規則(一四―七)六項七号および一三号所定の政治的行為についていえば、一般職に属する国家公務員において、政治的に中立の立場を堅持すべきものとされたゆえんは、すでに明らかにしたように、その職務の遂行が一部の階級、一派の政党または政治団体に偏することが許されないことによるものであるから、右の行為が職務の遂行と認めるに足りる外観的状況のもとにおいてなされる場合、たとえばその行為のために職務を利用し、あるいは勤務時間または国の施設等を利用してなされる場合と、これらとは全く関係なくしてなされる場合とによって中立性に対する侵害の程度に顕著な差異があり、またその職務の内容が政策の決定や裁量権を伴う行為にたずさわるものであるか、あるいはもっぱら機械的労務の提供に止まるものであるかによっても影響を受けるべき職務の比重に多大の差異があることは見易いところである。以上の諸点を比較考量すれば、その職務の内容が政策決定や裁量権を伴う行為にたずさわることがなく、もっぱら機械的労務の提供に止まる職員が職務の遂行と認めるに足りる外観的状況もなく、勤務時間外に、しかも国の施設等を利用することなくして行なう前記規則六項七号、一三号所定の政治的行動については、これに対し刑事罰をもってのぞむのを相当とする程度の違法性は見出し難いところであって、かかる行為については、国公法一一〇条一項一九号の適用はないものと解するのが相当である。

原判決が認定するところによれば、被告人は、非管理職の現業公務員で、その職務内容がなんら裁量権を伴わない機械的労務の提供に止まるものであり、かつ被告人の本件機関紙の配布ないし選挙用ポスター掲示の各所為は、いずれも勤務時間外の夜間または休暇中ないし日曜日に国の施設を利用せずに行なわれたものであり、また右各行為にあたり自己の職務を利用したものでなく、被告人から本件機関紙の配布を受け、またはその場に居合わせ、あるいはポスターの掲示を目撃した者らのうち大多数の者は、被告人の行為が営林署職員の行為であるが故に犯罪を構成するとか、営林署の業務に影響するのではないかなどの疑念はいだかなかったものというのであり、これらの事情と本件行為の規模態様からみれば、被告人の本件行為が一般市民に対し、営林署の公正な運営について、不安、不信、疑惑をいだかせる程度のものではなく、被告人に職務の公正を害する意図がなかったというのであるから、前段において説示したところに照らし、被告人の右所為については国公法一一〇条一項一九号の適用はないものというべきである。原判決の法令の解釈は、当裁判所の見解と異なるが、国公法一一〇条一項一九号の適用がないとすることにおいては正当として是認できる。論旨は結局理由がない。

よって、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山田瑞夫 裁判官 阿部市郎右 裁判官大関隆夫は差支のため署名押印することができない。裁判長裁判官 山田瑞夫)

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